創作に必要なのは安定?それとも不安定?

以前話題になってたこの↑呟きについて、僕なりに考えてみる記事です。

僕は1年前から概ねゲーム開発に専念出来る環境になり、経済的にも少しずつ安定し始めたのですが(≠食えている)、それ以前…恐らく2年間ぐらいは、この元の投稿の「カップ麺を食ったり水道水を飲んだり不味い缶コーヒーを飲んだりしたほうが作業が捗る」ような枯渇を創作の源泉にしていたと思います(実際にそういう生活ではなかったけど)。

その時の経験を元に話すと、このような枯渇状態にあるほうが、確かに作業は捗るしモチベーションの維持は絶対に楽だと言い切れます。

ただし、これを続けていると、例えば作業以外のことに感情が動きづらくなってきたり、生活習慣が崩れてきてパフォーマンスが低下してきたり(しかも自分ではすぐ気づきにくい)、色んな所で徐々に綻びが生じます。

ブログではちょいちょい書いてますが実際に僕も体重が大幅に増えたり、円形脱毛症や帯状疱疹といった明らかな体の異常が続いた時期もありました(今は治ってます)。

最近読んだ村上春樹さんの『職業としての小説家』という本の中で、「作品が痩せていく」という表現がとても印象に残ったのですが、このようなやり方は「インプットが無い + 健康的にも悪い」ので、まさにそういう結末を迎えると思っちゃいますね…(そして体は太る)。

仮にスポーツ選手みたいに、10年ほどでピークが終わってしまう、その間にいくら稼げるかが勝負みたいな職業であればこういう燃え尽き型でも良いのかもしれませんが、創作活動はむしろ逆というか、継続が重要な分野だと思うので、こういう先細っていくような働き方はあまり合ってないのかなとも思います。

ということで、一応僕の感覚をまとめると、


安定状態

メリット:健康。多くインプット出来る(遊びがある)、発想が豊かになりやすい

デメリット:モチベーションが維持しづらい。仕事っぽく感じやすい

不安定、渇望状態

メリット:モチベが容易に保てる。作業 = 呼吸みたいになる

デメリット:不健康。あまりインプット出来ない(遊びがない)、視野が狭くなりがち


という感じかな〜と。

そしてこの1年間でまさに枯渇モチベ頼り→安定状況での創作にシフトを試みたのが僕ですが、これは結構「技術」に近いものな気がしています。

安定しているとどうしても湧きづらいやる気をどうやって出させるのか、作業時間を確保するのか、こういう工夫って実は凄く奥深くて、ある意味「作業のことだけ考えていれば良い」みたいなとても単純な渇望状態と対極にある、複雑なものだと思っています。そして、多分終わりがない。

でも、この難しい問題に向き合う努力をやめて渇望状態に「逃げる」と、作品が痩せていったり、開発者としての寿命が削れていってしまうんだろうと僕は考えます。

なので、これからもこの安定した生活の中で「違う燃料」を燃やし続けて、クリエイターとして生き残っていくために挑戦していきたいと思います。

本題は終わりです。

あと、これはちょっと本題から離れると思ったのでここで書きますが、本当の意味での枯渇と言うか、自分の生活や思考に支障をきたすほどの無駄な怒りやコンプレックスなどはメリットすらないと思っています。

経済的な困窮みたいなのもそうです。

僕は毎年こういった雑念を取り払おうと何かと試みていますが、無くなったら別に創作が出来なくなるとかいうのは全くなく、むしろそれ以前よりももっと純粋な気持ちで創作に望めるようになったという、良いことしかありませんでした。

なので、自分にとって解決しなきゃならない目先の課題がもし解決出来そうなのであれば、それで才能が枯れる〜とかは絶対にないから普通にサクッと処理した方が良いと思います。

以上です。

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